「隠恋慕」 「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ、ろぉーく、しぃーち、はーち、きゅーう、じゅうっ!!」 ぱたぱたと響く足音。翻る桃色の振袖。 それを大きな桜の樹の上から見下ろしながら、衛は果たして本当にこれでよかったのかと頭を悩ませていた。 (……なんで俺がかくれんぼなんか) 自分は今日、宗主様――花摘(かづみ)の母の検診に来た父に付いて月城家にやって来ていたはずだ。それがどうして、花摘とかくれんぼをする羽目になったのか。 (まったく、父上も父上だ。自分に付いて医術を学べというわりにはお屋敷に来る度に俺を花摘のところに行かせようとする。 ……もちろん、主治医として花摘の傍にいる義務はあるかもしれないが) 衛の家は代々続く医者の家系で、古くからこの地域一帯の地主であった月城家とは主治医と患者という間柄に有る。衛自身も、十の年を迎えると同時に花摘の主治医――といっても衛にできるのはせいぜい応急処置に毛が生えた程度のことだけなので、実質治療などにあたっているのは父なのだが――となり、以来頻繁に月城家に足を運んでいた。 (一刻も早く、月城家を支えられるだけの力が欲しいのに……) 呟いて視線を地面に落とすと、花摘が自分を探して離れの広い庭を走り回っているところだった。秋といっても、まだ吹く風が僅かに涼しくなってきた程度の、まだまだ陽射しもきつい空の下、花摘の纏う桃色の振袖が季節外れの桜の花びらのように見えた。 よくもまぁ下駄であんな風に走り回れるものだと思う。 しかし、いくら慣れているといっても気をつけないとそのうち転――― 「あ」 案の定、木の根に足を引っ掛けて花摘が転んだ。 「まったく、だかろ気をつけろといつも言ってるんだ」 花摘の傷口を素早く消毒しながら衛は言う。 消毒液がちくりと染みる。 「…このぐらいの怪我なんでもないもん」 「掠り傷だけならな」 言って、衛は花摘の足首に触れる。 「……っ!!」 「引っ掛けたときに捻挫もしたみたいだな。母屋に行って父上に見てもらわないと。 …ほら、おぶってやる」 「いい。歩けるから」 「無理をするな」 花摘の手を引いて無理矢理背中にしょいこむ。暫くばたばたと暴れていた花摘だったが、母屋に続く森を半分ほど進んだ辺りで、観念したのかようやくおとなしくなった。 「これに懲りたら下駄で走り回るのは控えるんだな」 背中の花摘に衛は言った。 「やだ」 「……また怪我したいのか?」 「だって怪我したら―――ー 衛が助けてくれるでしょ? |