「秘める」


 バス停。私は今日も文字の羅列を見つめている。そろそろ君が来る時間。長針が短針に追いつこうとする頃、君はやってくる。
 そして、君はいつもと同じように私から少し離れたところでバスを待つ。
 私は、そんな君に心の中で声をかける。



「おはよう」



 バスの中。君と私は何時も同じ席に座る。
 君は、一番前。私は、一番後ろ。始発駅だから、誰かが座っているなんてことはない。

 二駅過ぎると、大勢の人が乗ってくる。その中には、私と君の友だちもいて、彼女はいつも私の隣に座る。君に、おはようと笑ってから。



「おはよう」



 彼女はいつも笑っている。特定の”誰か”にじゃなくて”みんな”に笑っている。



「おはよう」



 私と彼女は中学の頃からの友だちで、どちらかといえば親しいという方に分類されるのだろう。
 傍目には”親友”という風に見えているかもしれない。
 
 でも、私は彼女が苦手だった。明るくて、誰とでも仲がよくて、私とはあまりにも正反対な存在の彼女が苦手だった。



「元気ないね」



 こんな風に、私を心配してくれているというのに。



「……そうかな?ちょっと眠いだけだよ」



 曖昧に笑ってみせる。どうも私は”笑う”という行為が得意ではない。だから、いつもにこにこと笑っている彼女が最初はうらやましかった。ほんの少しだけど、彼女のように笑ってみたいと思ったこともある。



「…暫く寝てようかな」



 ごめんね、と付け足して、私は瞳(め)を閉じる。
 丁度クラスの子たちが乗ってきたところで、彼女は空いていた席に数人の女の子たちと移動した。



 昔からそう。私は必要以上に他人を自分に近づかせようとしなかった。近づいてきたら、侵りこまれる前に切り離す。
 淋しくはなかった。淋しいなんて思う前に傍を離れるから。
 そろそろ彼女も切り離さないと。
 痛いのは自分。





 次の日からバスを替えた。当然君にも逢えなくなった。
 誰もいないバス停。一番前の席。
 私は席を替えた。今まで君が座っていた、一番前の席に。
 不思議な気分だった。いつもなら君がいる席に、こうして私が座っている。

 
 と。


 
「そこ、俺の席」



 君の声。



「あんたの席はあっち」



 指の先には、一番後ろの――今まで私が座っていた席。
 何も言えずに立ち上がって、私はいつもの席に戻る。

 
 いつもの席に座っている君と私。ひとつだけ違うのは、長針と短針の位置。

 二駅過ぎると、大勢の人が乗ってくる。けれどその中に彼女はいない。私の隣には、知らない人が座った。


 
 私は文字の羅列に目を落とす。君はきっと窓の外を見てる。
 まるでいつも通りの、君と私。
 君と私だけが、いつも通りで。




 このままじゃいけない。
 無意識に思った。
 これ以上近づいたら。






 痛い。痛い。痛い。いたい。いたい。イタイ。
 心が悲鳴を上げる。
 私は君に近づきすぎた。



 
 喪うのは嫌。痛いのも嫌。
 そうしたら方法はひとつだけ。


 
       

  +閉じる+