僕は、一度だけきいたことがあった。 「うたう」 彼女の存在は、あまりにも希薄だった。 それはまるで周囲の空気に溶けてしまいそうそうなほどに、儚く、脆く。 ――このうたがどこまで届いているのか、わたしは知らない。ただ、わたしは声の限りうたい続けなければいけないの。 遠くを見るような瞳。 その瞳は、どこまでも穢れなくまっすぐで。 見つめたら、吸い込まれるような錯覚を覚えた。 ――いつになったら、君は赦されるの? ――わからない。 ――それでも、君はうたうの? ――そう。それが、わたしの……咎を負った者の定めだから。 ――でも、それじゃあ君は ――……この世に生きるすべての人は、咎を負って生まれる。 わたしだけじゃない。あなたもまた、あなただけの咎を負っている。 ――僕だけの、咎。 ――わたしにできるのは、少しでも多くの人が赦されるようにうたうこと。 そして。 ――そして? あなたの手を、ひいてあげること。 |