僕は、一度だけきいたことがあった。

 ――どうしてうたうの?

 彼女は微笑う。

 ――赦されるため。わたしは罪人(つみびと)だから。



 そしてうたう。高く澄んだ、すべてのものを慈しむような声で。うたう。




「うたう」


 

彼女の存在は、あまりにも希薄だった。
 それはまるで周囲の空気に溶けてしまいそうそうなほどに、儚く、脆く。




 ――このうたがどこまで届いているのか、わたしは知らない。ただ、わたしは声の限りうたい続けなければいけないの。




 遠くを見るような瞳。
 その瞳は、どこまでも穢れなくまっすぐで。

 見つめたら、吸い込まれるような錯覚を覚えた。




 ――いつになったら、君は赦されるの?




 ――わからない。




 ――それでも、君はうたうの?




 ――そう。それが、わたしの……咎を負った者の定めだから。
    



 ――でも、それじゃあ君は




 ――……この世に生きるすべての人は、咎を負って生まれる。
    わたしだけじゃない。あなたもまた、あなただけの咎を負っている。




 ――僕だけの、咎。
 



 ――わたしにできるのは、少しでも多くの人が赦されるようにうたうこと。
  



 そして。




 ――そして?







 あなたの手を、ひいてあげること。  
       


 
       





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