真っ白でふわふわしたドレス。綺麗なブーケ。そして、代わる代わる部屋を訪れる親類や友だちが発する「おめでとう」という言葉。
まるで倖せを溶かしたような空気が支配するこの場所で、彼女は今日結婚する。
「あれ? 楓ちゃん、具合悪いから式に出られないんじゃなかったの?」
振り向くと、タキシード姿の和泉君が歩いてくるところだった。
「まったく、椛(もみじ) ったらそんなこと言ってたの? ちょっと朝熱っぽかっただけなのに。オーバーだなぁ」
「心配してるんだよ。おじさんもおばさんも亡くなって、椛には楓ちゃんしかいないから」
「…でも、今はもう和泉君がいるでしょ?」
からかうように言ってやったら、
「本当の家族には敵わないよ」
と、和泉君はわざとらしく肩を竦めた。
「じゃあ、僕は打ち合わせがあるから」
「うん。また後でね。 ……おめでとう」
和泉君を見送って、私は椛の控え室に向かった。
そうです。私が姉を殺しました。
理由ですか?
姉が私の恋人を奪ったからです。
ええ、勿論姉は私とあの人が付き合っていたことを知っていました。三人で一緒に出かけたこともあります。姉は内気で、友だちとかもなかなか作れないので、いつも私の友だちを姉にも紹介していました。
――え?勘違い?
いいえそんなことは絶対にありません。
おかしいと思ってそれとなく彼に探りを入れてみたら、案の定彼は姉と会っていました
机の上に並んだお揃いの青い携帯。
その片方になんとなく手を伸ばすと、
「あれ?留守電入ってる」
再生してみると、それは和泉君からのものだった。
『忘れ物に気が付いたから電話したんだけど、もう家に着いちゃったかな? 折りたたみ傘、次会うときにでも持っていくね。じゃあ今日は楽しかった。おやすみ』
きっと誰かと間違えているのだろう。私は今日和泉君と会っていない。
外出していたのは、姉だ。
僕がいけなかったんです。
はい。本当は楓が椛の振りをしていることに気付いていました。
今から二ヵ月くらい前、携帯に入れておいた留守電を彼女が聞いていなかったということがあったんです。
特に重要な話でもなかったのでそのときは気に留めなかったのですが、それが二回三回と繰り返されて……。
それで彼女が席を外した隙に携帯の履歴を盗み見たんです。
僕が送ったはずのメールも、留守電も、ありませんでした。
「ねぇ、どういうことなの? どうしてあなたが和泉君と結婚なんてするの? 和泉君は私のものよ。一生懸命努力して、やっと振り向いてくれた憧れの人なの。お姉ちゃんだって、私がどんなに頑張ったか知ってるでしょ?
なのにねぇ、どうしてよ!!」
部屋に入って真っ白なドレスを着た姉を見た瞬間、私の中にあった何かが音を立てて崩れていくのがわかった。そこは本当だったら私が立っているはずの場所。和泉君と倖せになるのは、私のはずなのに。
「……一回っきりのつもりだったの」
「たった一回なら何をしてもいいと思ったわけ?」
「違う!そんなこと思ってない!!」
「じゃあどうして!」
「私のことあなただと思って接してくれる彼の隣があまりにも心地よくて、あと一回、あと一回って、ずるずると彼との関係を引きずってしまったの。
……プロポーズされたとき、彼が愛してるのは私じゃないってわかってたのに、すごく、うれしかったの」
「……それで、和泉君を私から盗れて満足?」
「ちがう。私は本当にあなたから和泉君を盗るつもりなんて…・…」
「じゃあどうして? どうして和泉君は私のことを”楓ちゃん”なんて呼んだのよ。楓はあなたじゃない。私は椛よ。和泉君が好きなのはこの私だったのよ」
もうどんな言い訳も欲しくなかった。
悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて―――
「返して。和泉君を、返して」
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――違います。二股とかそういうわけじゃないんです。確かに、僕は彼女たちを見分けることが出来ませんでした。でも僕は、椛……いえ、楓を愛していました。だから彼女にプロポーズしたんです。
はい。僕は彼女が楓であることを知った上で、彼女にプロポーズしました。
椛をあそこまで追い詰めたのは僕です。
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私が突き出した銀色のナイフは、楓の身体に深々と刺さって、真っ白なドレスにどんどん朱い染みが拡がっていった。 けれど一回刺しただけじゃ全然足りなくて、私は狂ったように何度も何度も楓にナイフを突きつけ続けた。 楓が全然動かなくなってから、私はようやく救急車と和泉君を呼んだ。
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式場で彼に”楓”ちゃんと呼ばれたときはさすがにショックでした。
私は椛なのに。
結局彼は私より姉を選んだ。
それで、そのまま姉のところに行って、あとはあなた方がご存知のとおりです。
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「最後にひとつだけいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「どうしてあなたは楓さんだけを殺害したのですか?」
「……」
「和泉さんを愛していらっしゃったからですか?」
「そうですね…。確かに私は彼を愛していましたが、彼が私を”楓”と呼んだときにそれは消えてしまいました。彼を殺さなかったのは、単純にその方が彼が傷つくと思ったからです」
「愛が憎しみに変わったというわけですね?」
「まぁそんなところです」
「――ありがとうございました。インタビューは以上です。ご協力ありがとうございました」
「いえ、私なんかでよければまたいつでもご協力しますよ」
でも、インタビュー依頼を留守番電話に残すのはやめてくださいね。私、留守番電話は滅多に聞きませんから。
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